おじさんが亡くなった

父の弟、叔父さんが亡くなったと姉から連絡が来た。コロナ過だから、お通夜やお葬式は遠慮して、火葬前にお参りして、骨も拾わせてもらってきた。

78歳だって。数年前からパーキンソン病で闘病していて、最近は認知症もあったらしい。いよいよトイレに行くのも、寝起きするのも困難になってきて、先月末にケアプランを立てて、介護ベッドを入れたり、手すりをつけたりして、ショートスティを利用した2日目に肺炎になって、翌日には危篤になって、一時は回復していたものの、急変して亡くなってしまったらしい。主を待っていた自宅のベッドは結局1日しか使わずに帰すことになったと…。

全然知らなかった。最後に会ったのは15年くらい前。父は祖父の連れ子で、叔父さんは祖母の連れ子だったから、血のつながりはないのだけど、話し方とか笑い方とかなのかな、時々、似てるって言われていた。おだやかで堅実に生きている叔父さんに似てるって言われるのは嬉しかった。

東京にいたころ、祖父母に会いに何度か遊びに行ったことがある。いつも叔父さんが車で送り迎えしてくれたから、今回、叔父さんがいないことが不思議。小さかった従弟たちはもうオジサン、オバサンになっていて、子どもたちにその面影がある。従弟だけど、あんまりあったことがないんだよな。

似てるって言われたのが性格も含めてなのだったら、私もきっと難病になったら、親戚には知らせたくないし、そこまで悪くなっていたのなら、死ぬというのも悪くない気がするから、すごく寂しくて悲しいけど、叔父さんは、これで楽になったのかな、よかったなと思う気持ちもある。

今回、耳が聞こえなくなって、長生きしたいという気持ちが、半分くらいにしぼんでしまった。母が昔、結核になって、薬の副作用でたぶん耳が聞こえなくなるけど、治療しないと結核で死ぬ。どっちを選ぶかって言われて、死にたいって思った気持ちも理解できた。その母は今も元気で、今回久しぶりに会えて嬉しかった。

体が辛くて、旅行とか温泉とか、そういう娯楽も楽しめなくなって、他人に世話になるばかりで、感謝されるような事ができなくなったら、さっさと死にたいって思うんじゃないかな。だから、ユーミンの飛行機雲じゃないけど、今の時代ではまだ早いと言われる年齢ではあったけど、骨は焼いてもしっかり残っていて、もの悲しかったけど、…けど、きっと幸せ。

叔父さん、いろいろ有難う。自慢の叔父さんだった。結婚式では父親代わり、してくれたね。最後に会った時、駅まで送ってくれながら、たくさん話をしてくれたね。遊びに行くと、いつも地元の美味しい食材の料理を用意してくれて、私や夫をもてなしてくれたね。

さようなら。いつ、どんな形かわからないけど、またね。

日記

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