そうだった。面倒だったんだ。

一ヶ月ほどは田舎に滞在する予定で、一通り自分の用事も終えて、あとは消化試合みたいな日々なので、友人たちに会いたくて、帰省している報告をしてみた。

…って考え方もひどいよね。文字にすると私がどれだけ自分本位で、人付き合いをないがしろにしているかが実感できる。そんな私と友人でいてくれて感謝感謝。

そしたら、二つ返事でランチをしてくれることになったのだけど、優しすぎて面倒くさい←これも文字にしたらひどいな。

そそっかしくて失敗ばかりで、世話好きの人からしたら、面倒みずにはいられない系の困ったさんのくせして、他人のお世話になるのがイヤなんだ。ダンナの世話好きなところもうざくて本当に嫌。でもダンナのこういうところがイヤだって愚痴ったら、またココさんののろけが始まったとか言われてしまう。

子どもたちには、理解してもらえる。っていうか、子どもたちは残念なことに私に似てしまって、すごく危うい感じなのに、他人の世話になるのが嫌いなんだよな。私が育てたせいかDNAのせいかわからないけどね。

SNSも、少人数なら良いのだけど、10人もいるようなグループlineなんかは、本当に面倒。仕事でも我慢できないのに、プライベートならなお更(って順位も変かも)

友人がいて、会いたいと言ったらあってくれて、あっていなかったブランクを感じさせないのはすごく楽しいし、有難いけれど、引き換えにモヤモヤした気持ちになってしまって、性格の悪い自分がイヤになる。

友人の子どもたちの近況。もうすぐ結婚しそうっていう話、実家に戻って公務員になった話、とあるスポーツで全国で頑張っている話。良いね~って言いながら、うらやましくいのを超えて、なんだか悲しい気持ちになってしまう。自分の子どもだって、一生懸命頑張っている、私には上出来な子どもなのに、田舎の昭和の価値観に縛らている私を再発見してしまう。

こういうとこも含めて地元とか田舎が苦手だったことを思い出す。東京でも、昇給とか仕事ができる人になりたいとか気にしてたから、いつだって他人の目を気にしすぎなんだよな。たぶん、これは母親にかけられた呪いで、姉もそんな価値観で息苦しく生きている。そういえば、中学校の頃とか、その考え方はおかしいって母とよくケンカしたけど、母の価値観の中の自慢の娘の立ち位置は実は居心地が良かったんだよな。

血糖値だって感情だって、パーっと上がらければ、ガーっと下がることもない。下がらない自分になるのが一番だけど、それはちょっと難しい。もともと子どもたちはそれほど仲良しではないし、コロナ禍の頃のように、なかなか会えないねーって言ってるくらいがちょうどよいのかもしれないな。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です